「昭和レトロ自転車(2)」女性と自転車の歴史

昭和初期の日本では職業婦人の社会進出に欠かせないアイテムとなっていた自転車。イギリスではヴィクトリア朝の女性たちの重要な足となっていました。今回は自転車の歴史について。
女性と自転車の歴史

自転車黎明期

世界初の自転車については諸説ある(※)のですが、一番ポピュラーな説としてはドイツ人のドライジーネが初の二輪自転車を発明したと言われています。ペダルがなくサドルに跨って地面を蹴って進むものでした。

そして前輪にペダルを取り付けたミショー型自転車、大小二つの輪を使ったオーディナリー型自転車(レトロな自転車というとこれを想像される方が多いのでは)、そして1875年にイギリスで開発されたセーフティー型自転車へと進化してきました。このセーフティー型は現在の自転車とほぼ変わらない形をしているのですよ。

最も良く知られているのが、15世紀末にレオナルド・ダ・ヴィンチの弟子によって描かれたと言われる自転車のデッサン。ただしこのデッサンについては、化学分析による年代測定の結果が公表されていないなどの理由から、確実なものとされていない。

『美しき自転車乗り』

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シャーロック・ホームズの事件簿の中に『美しき自転車乗り』というお話があります。中流階級の女性家庭教師、ヴァイオレット・スミス嬢がお屋敷に自転車で通う途中に、謎のひげ面の男に後をつけられる──という、今でいうストーカーのような出来事を書いた作品です。

ちなみに原題は『The Adventure of the Solitary Cyclist(孤独な自転車乗り)』なんですが、日本では「美しき」の方が良く知られていますね。ヴァイオレット・スミス嬢が乗っているのも、セーフティー型自転車です。

ヴィクトリア時代の女性の職業

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コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズシリーズ物語には家庭教師が6人登場します。前述のヴァイオレット・スミス、『ぶな屋敷』のヴァイオレット・ハンター、『ソア橋』のグレース・ダンバー、『四つの署名』のメアリー・モースタン(ワトソンの奥様)、『ウィステリア荘』のバーネット、『レディ・フランシス・カーファクスの失踪』のスーザン・ドブニー

当時は、2万人ほどの家庭教師がいたそうです。しかし、実はヴィクトリア朝に最も多かった女性の職業は売春婦です。ロンドンに住む女性の16人に1人がそうであったと言われています。下層階級の学歴のない女性は、労働者かメイドなどの召使いぐらいしか職がなかったからです。

中流階級女性の自立の唯一の道

女性と自転車の歴史
では一定の教育を受けた中流階級の女性はどのような進路があったのでしょうか? 理想のケースは、親から持参金を分与されて玉の輿に乗ること。でも実家があまり裕福でなく結婚も難しいとなると残された職業は家庭教師ぐらいしかありません。労働者やメイドはプライドが許さないし、職業選択の自由はほとんどなかったのです。

家庭教師のお給料

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ぶな屋敷』でヴァイオレット嬢がもらっていたお給料は月4ポンド。のちに、120ポンドという「破格の」待遇になったとありますし、『美しき自転車乗り』のヴァイオレット嬢がもらった年収100ポンドも普通の倍額の厚遇です。だから一般の家庭教師の年俸は40~50ポンドではないでしょうか。

そうそう『シャーロック・ホームズ』など当時のイギリスの小説を読む上で、ややこしいのが当時の貨幣価値ですよね。当時のポンドって現代の日本円でいくらぐらいになるのか。だいたい1ポンドが現在の円に換算すると2万4千円ぐらいと考えてください。だから年収50ポンドっていうのはだいたい年収120万円ぐらい。若い女性がかつかつで一人暮らししている感じかな。

自転車に乗る職業婦人


(↑可愛い動画見つけたよ)当時の自転車の価格はおよそ12~13ポンド。家庭教師の月収の2~3ヶ月分ですよね。若い娘さんがポンと買うのにはちょっと値が張りすぎています。でもヴァイオレット・スミス嬢は破格の年収100ポンドをもらっていたので買えたんでしょうね。

自転車に乗る職業婦人は当時の最先端のキャリアウーマン。自立した女性の象徴でした。原作者のコナン・ドイルも「お、こりゃキャッチーで受けるぞ」なんて自転車を小道具として使ったのかも。

明治時代の日本の自転車

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一方日本。我が国初のセーフティー型自転車は1890年(明治23)年に宮田製銃所によって作られました。「明治時代における日本の自転車製造・販売の系譜(※リンク切れ)」によると「フレームに用いるパイプは銃身と同じ方法で鋼の丸棒をくり抜いて作った。部品もタイヤを除けばサドル・スポーク・チェーンにいたるまですべて自家製であった」そうです。最初の自転車が鉄砲の技術を応用していたなんて面白いですね。

最初に自転車に乗った女性は?

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自転車に乗る女性が注目を浴びるのは明治36年。読売新聞に連載された、小杉天外(1865~1952)の小説『魔風恋風』のヒロイン・萩原初野です。初野はきちんと髪を結いもせず、自転車で通学するという前代未聞のお転婆ハイカラ娘なのです。

鈴 (ベル)の音高く、見(あら)はれたのハすらりとした肩の滑り、デードン色の自転車に海老茶の袴、髪ハ結流しにして白リボン清く、着物ハ矢絣の風通、袖長けれバ風に靡(なび)いて、色美しく品高き十八九の令嬢である

『魔風恋風』

主人公・初野は当時東京音楽学校に通っていた三浦環(1884~1946)をモデルに書かれたと言われています(「女性が自転車に乗ることができなかった戦前の日本について(※リンク切れ)」)。三浦環はのちにヨーロッパやアメリカで大評判になる、日本のオペラ歌手ですね。

当時アメリカ製の自転車が215円。当時の一ヶ月の生活費が10円ほどだった時代です(『明治・大正人の朝から晩まで』)。自転車に颯爽と跨って通学する三浦環は「高級スポーツカーを乗り回す超セレブのお嬢様」みたいなもの。彼女を見るための野次馬が道に殺到して、新聞に「自転車美人」と書かれるほどだったそうですよ。

一般女性が自転車に乗るようになったのは昭和

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こうしてみると一般女性が自転車に乗るようになるには、昭和初期になるまでもうちょっと時間がかかったようです。これで私の祖母の時代までつながりましたね。

自転車の黎明期から、主に女性と自転車の関わりについてざっと書いてみました。現代では「ママチャリ」と言うように、女性の生活に欠かせない足となった自転車ですが、ヴィクトリア朝、明治・大正、昭和初期の女性自転車乗りの知られざる活躍があったのだなあと感慨深いです。



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