不老不死の男・サンジェルマン伯爵とは何者?

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サン・ジェルマン伯爵とはどんな人物かご存じですか? 不老不死であるとも、タイムトラベラーであるとも、錬金術士であるとも言われた謎の人物です。伯爵の数々の伝説をご紹介します。
サン・ジェルマン伯爵

サンジェルマン伯爵の時計塔」のテーマとなっているサン・ジェルマン伯爵とはいったい何者なのか? 時はフランス革命前のヨーロッパ。初めて記録に登場するのは、フランスの作曲家・ジャン・フィリップ・ラモー(1683〜1764)の1710年の日記です。

全てが不明な謎の紳士

サン・ジェルマン伯爵
彼いわく「サンジェルマン伯爵は年齢は50歳ぐらい。恐ろしく話題が豊富で、彼と話をしていると時間を超越した世界に生きているような気がしてくる」。
サン・ジェルマン伯爵と名乗ってはいますが、生年も没年も不明。出自も不明。「サン・ジェルマン」という名前自体もフランス北部の名前からつけた偽名のようで、本名なのか、また貴族なのかもわかりません。しかしいつの頃からかヴェルサイユ宮殿に出入りするようになり、ヨーロッパ社交界に名が知れ渡りました。

数多くの外国語に堪能、芸術にも才能を発揮

サン・ジェルマン伯爵
彼は驚くべき博識の持ち主で、ギリシア語、アラビア語、ペルシャ語、ヘブライ語、ラテン語、ドイツ語、英語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、サンスクリット語、中国語を話すことができました。

芸術の分野でも才能を発揮し、ピアノは当時の大音楽家・ラモーが驚くほどの腕前。ヴァイオリンや、クラブサン(弦楽器の一種)もプロ以上に演奏できました。絵画は画家のヴァン・ロー(1707〜1771)がその技法を教えて欲しいと懇願したほど。伯爵はベラスケスの絵の収集家としても知られていました。

ポンパドゥール夫人の絶大な信用を得る

サン・ジェルマン伯爵
文献には絶世の生青年であるとも、冴えない小男であるとも書かれていますが、非常な博識である上に会話も巧みで魅力的。社交界の貴族のご婦人たちに絶大な人気を誇りました。

中でもルイ15世の愛人であるポンパドゥール夫人(1721〜1764年)はサン・ジェルマン伯爵に夢中になり、その引き合わせで1743年に伯爵はルイ15世(1710〜1774年)に謁見もしています。

1744年にイギリス・ロンドンでスパイ容疑で逮捕されたもののすぐに釈放され、オーストリアのウィーン宮廷、パリのヴェルサイユ宮殿の寵児となりました。

ルイ15世も伯爵のとりこに

サン・ジェルマン伯爵
ルイ15世をとりこにした、こんなエピソードがあります。サン・ジェルマン伯爵の化学や医学の知識に感嘆した国王は、シャンポール城の館を伯爵の研究所として与えました。

サン・ジェルマン伯爵はポケットからひとつかみのダイヤモンドをテーブルの上に置きました。国王は驚いて、いったいどこで手に入れたのかと尋ねました。

「私が自分で作りました。どうぞお礼としてお受け取りください。私はダイヤモンドの傷を消すことも簡単にできますよ」
ルイ15世は6000フランの傷のついたダイヤモンドを伯爵に預けました。1か月後、国王はまったく無傷になったダイヤモンドを手にしました。その価値は1万フランに値上がりました。

プレイボーイ・カサノヴァも嫉妬!?

サン・ジェルマン伯爵
有名なプレイボーイ、ジャコモ・カサノヴァ(1725〜1798年)はこう証言しています「サン・ジェルマン伯爵は、ダイヤモンドを溶かしてさらに美しい透明度をもつダイヤモンドを1ダースも作ることができると言った。自分はやりたいことはなんでもできるのだと豪語した」と。

また、その秘密を知りたいと思ったカサノヴァは、彼を晩餐に招待しました。ところが伯爵は「自分は食事はいっさいしません。特殊な丸薬しか口にしないのです」と断りました。サン・ジェルマン伯爵はサロンの晩餐会でも一切食事もとらず、酒も飲まなかったと言われます。

全知全能で決して死ぬことのない男

サン・ジェルマン伯爵
ドイツのフリードリヒ2世(1712年〜1786年)は「サン・ジェルマン伯爵は決して死ぬことのない男」であると言っています。また思想家のヴォルテールも「サン・ジェルマン伯爵は不死身で、全知全能である」と評しています。彼自身は18世紀初頭に300歳であるとも、400歳であるとも、はたまた2000年以上生き続けていると話しています。

ソロモン王やシバの女王に会った、キリストが水を酒に変えるのも見た、カナの結婚にも立ち会った、ネブカドネザル大王が築いたバビロンの都にも行った……サン・ジェルマン伯爵が生々しく語る歴史は、当時の人々の度肝を抜きました。

伯爵の召使も只者ではない

サン・ジェルマン伯爵
もちろん全員が信じたわけではなく、ある男が伯爵の召使に「お前の主人が言っていることは本当か?」と尋ねました。すると召使は「申し訳ありません。私はご主人様にお仕えするようになりましてからまだ300年経っておりませんので、わかりかねます」と答えました。

サン・ジェルマン伯爵は錬金術に詳しく不老不死の薬も作ることができたので、決して老いることも死ぬこともなく、何年、何十年経っても40歳〜50歳ぐらいにしか見えませんでした。一説には、錬金術士・アレッサンドロ・ディ・カリオストロ(1743〜1795年)が書いたと言われる『いとも神聖なる三位一体知』の本当の著者はサン・ジェルマン伯爵と言われています

ナポレオンやチャーチル首相にも会う!?

サン・ジェルマン伯爵
ドイツの教会の記録では1784年にサン・ジェルマン伯爵は死亡したと書かれています。しかしながら、1789年のフランス革命直前に、マリー・アントワネットの侍女がサン・ジェルマン伯爵に会って「王と王妃の処刑は避けられない」と伝えられたり、ナポレオン(1769〜1821)がエジプト遠征の際に伯爵に忠告をされたといわれています。また嘘か真か、イギリスのウィンストン・チャーチル首相が、ナチス・ドイツ戦のアドバイスを受けたとも噂されます。

蒸気機関まで発明しているのか

サン・ジェルマン伯爵
サン・ジェルマン伯爵が姿を消す前に、2人の友人に語った言葉があります。「私はコンスタンティノープルへ行く。私を必要としている人のために。それから英国へ行き、2つの発明をしなければならない。汽車と汽船だ。そしてヨーロッパを去り、ヒマラヤ地方へ行く。少し休みたいのだ。また会おう、さようなら」

そして突如空がかき曇り、雷雨が起こりました。友人2人が驚いている間に、サン・ジェルマン伯爵の姿はどこにも見えなくなっていました。ひょっとして蒸気機関全盛のスチームパンク時代を築いたのはサン・ジェルマン伯爵だったのかもしれませんね。

ひょっとしたら伯爵が横浜に立ち寄るかも

サン・ジェルマン伯爵
不老不死のサン・ジェルマン伯爵は、今も生き続けているのでしょうか? それともタイムトラベラーとして時空を超えて旅をし続けているのでしょうか? ひょっとしたら2014年10月19日、日本の横浜にふらっと姿を見せるかもしれません。サン・ジェルマン伯爵を見かけたら、私にそっと教えてくださいね。



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蒸気夫人

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