わたしのグランマと自転車「昭和レトロ自転車改造記【1】」

昭和レトロ自転車
風切り、ロッド式ブレーキ、後輪持ち上げスタンド──私の祖母の思い出と、自転車を昭和レトロ自転車に改造するDIYにチャレンジしました。昭和レトロ自転車に惹かれるあなたへ。

この記事の写真は2008年06月19日に訪れた愛知県豊田市のトヨタ博物館で撮影

昭和レトロ自転車とは?

昭和レトロ自転車とは一体なんでしょう? 昭和と一口に言っても、昭和時代は64年間もあります。当然その間に自転車のスタイルの流行も移り変わっています。「昭和自転車 Vintage Japanese Bicycles」というブログの好きな自転車の共通点としてあげられている特徴をご覧になると、なんとなくイメージがつかめるかもしれません。

①風切り
②サス付き革製サドル
③ロッド式ブレーキ
④コッターピン・カバー付きコッタークランク
⑤セルロイドグリップ
⑥フル・チェーンケース
⑦BEリム(前輪32穴、後輪40穴)
⑧BE(耳付きタイヤ)(26X13/8, ウッズバルブ)
⑨ゴム製ペダル
⑩荷台付き
⑪製造社名付きネジ
⑫ヘッド・リア・バッジ
⑬ダイナモ発電機付き弾型ライト
⑭ベル
⑮後輪持ち上げスタンド

昭和自転車 Vintage Japanese Bicycles 昭和自転車って?

亡くなった祖母のこと

昭和レトロ自転車
この全ての特徴を兼ね備えた自転車を作るのは難しいかもしれませんが、出来る限り昭和レトロ自転車を再現したいと思いました。

私がまだ物心付く前に亡くなってしまった祖母は大正2年(1913)生まれ。もし今生きていたら今年96歳(2010年現在)。彼女は当時村で一番最初に自転車に乗った女性でした。残念ながら全く憶えていないのですが、私の自慢のおばあちゃんなのです。

自転車で村じゅう駆け回る日々

昭和レトロ自転車
私の祖母は浜松の医学校を出て助産婦になりました。昔でいうお産婆さんです。名古屋郊外の田舎に赴任してからは、村中の妊婦さんのお宅へと駆け回る日々でした。すわ陣痛となると、夜中や早朝でも大急ぎで駆けつけねばなりません。

そうなると一番の足は自転車です。でも戦前の田舎ですから、ハイカラな自転車に乗れる女性は村には全くいませんでした。「女なのに自転車に乗ってる!」とよく驚かれたそうです。

アイドル「ザ・ピーナッツ」をとりあげた産婆

昭和レトロ自転車

実は一世を風靡した双子アイドルザ・ピーナッツをとりあげた産婆さんとして、『小川宏ショー』に出演したこともあるんですよ。おばあちゃんはそれが自慢で、親戚が集まるといつもその話をしていたそうです。

自転車はお産婆さんの一番の足

昭和レトロ自転車
女性が自転車に乗ることが出来なかった戦前の日本について(※リンク切れ)」という記事に、それを裏付けるようなエピソードが書かれています。お産は時間を選びませんから、機動性の高い自転車が重宝したでしょうね。

当時の女性職業のなかでも特に急を要する産婆には重宝がられた。大正13年(1924)の輪界雑誌に東京府下落合町の産婆下田花子(42歳)の活躍が紹介されている。彼女は盛んに自転車で得意廻りをするので、非常に依頼先の気受けがよく繁盛しているという。また女子の活動で昔から有名な伊勢地方へゆくと、産婆さんという産婆さんは大概自転車乗りであるという。

女性が自転車に乗ることが出来なかった戦前の日本について(※リンク切れ)

女性の社会進出が始まった時期の自転車

昭和レトロ自転車
祖母が働き始めた頃は、女性の社会進出が徐々に高まり始めた時期ではありましたが、それでも自転車は高級品でした。田舎の女性が自転車に乗る姿はかなり目立ったのではないでしょうか。

自転車の価格は月給2、3ヶ月分

昭和レトロ自転車
ちなみに祖母が30代だった昭和15年(1940)の自転車の値段は約90円でした(明治~平成 値段史)。当時の銀行の初任給が70円、ガソリン1リットルが22銭。おそらく祖母の収入の2、3ヶ月分ぐらいだったと思います。今でいうキャリアウーマンだった祖母ならなんとか買えたんでしょう。

おばあちゃんの性格を受け継いでいるといいな

昭和レトロ自転車
祖母は色が抜けるように白かったと言われ、母もそれを受け継いでいますが、私は地黒。祖母と私は外見は全然似ていないようです。でも田舎を飛び出して医学校に通うフットワークの軽さや、物怖じしない性格が私に遺伝していたら良いなと思います。

おばあちゃんの自転車に乗りたい

昭和レトロ自転車
祖母が乗っていたような昭和レトロ自転車に乗れたら、話をすることができなかった祖母に近づけるような気がします。そこで昭和レトロ自転車づくりにチャレンジすることにしました。今後しばらく続く自転DIYの記事をご期待くださいませ。

追記:「戸川純 – 銀輪は唄う」

かつてのサブカルの女王・戸川純。もう何十年前のことになるでしょうか、彼女の「銀輪は唄う」のミュージックビデオを見たとき衝撃が走りました。この曲は清涼飲料水の「スイートキッス」のテレビCMに使われたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。これこそ私の目指す昭和レトロ自転車の唄でした。昭和レトロ自転車に跨って口ずさむのはもちろんこの「銀輪は唄う」です。【蒸気夫人(マダムスチーム)】

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