犬と猫、どちらが好きですか? ヴィクトリア時代には空前のペットブームが起こりました。特に人気があったのが犬です。ペットとしての犬の歴史、と流行の元となった科学の発展について。
犬がペットになった時代
世界最古の愛犬家団体・ケンネルクラブは1873年イギリスに生まれました。それ以前にも犬は人間に飼われていたわけですが、イヌをペットとして飼うことは王族や貴族などの特権階級に限られていました。犬は産業革命以前は荷物運搬用、害獣を対峙する駆除用、狩猟用など使役のための動物で、一般的に犬がペットになったのは19世紀になってからです。
ペットはステイタスシンボル
人々が生きるのに精一杯だった時代はペットを飼う余裕はありません。英国において犬がペットとして一般化し、ペットブームが起こるのは、ペットを飼うことができる中産階級が出現した時期と重なっています。中産階級人にとってペットはある種のステイタスでした。上級社会に憧れ、彼らはこぞって犬(※)を飼い始めたのです。
女王様は愛犬家
ブームに拍車をかけたのはヴィクトリア女王です。彼女は大変な愛犬家で、コリーやポメラニアン、テリア、ダックスフンドなど多数の犬を飼っていました。女王が犬と一緒に写っている写真もたくさん残っています。
ヴィクトリア女王はむすっとした顔で写っていることが多いのですが、左の写真などかすかに微笑んでいるようにも見えませんか? 英国王室は現在も犬舎で犬の飼育と繁殖に力を入れています。
毎日どこかでドッグショー
ドッグショーが初めて開催されたのは1859年。ヴィクトリア女王も1891年に行われたドッグショーに数頭のポメラニアンを出場させています。1900年にある専門家が調査したところ、なんと一年中、平日には毎日イギリスのどこかでドッグショーが行われていたそうです。
犬の誘拐犯まで登場
人々が犬を飼うことに熱中するのと相まって、ペット産業も大きくなりはじめました。犬に関する雑誌が次々と創刊され、首輪や犬の服などペットグッズも人気が高まりました。宝石付きの首輪や犬のウェディングドレスまであったそうですよ。
そしてなんと犬の誘拐で事件も多発しました。犬を愛する人につけこむとはなんたる悪漢め! これも高い身代金を支払う愛犬家がいたからこそ成り立っていたんですね。
動物愛護精神の高まり
このように犬が使役のための動物から、家族の一員へと変わっていった時期、動物愛護の精神も育っていきました。1835年には家畜の虐待を禁じられる法律ができ、1840年に王立動物虐待防止協会が設立されました。動物虐待の反対運動が高まるにつれ、闘犬などの動物を闘わせるギャンブルも表立っては行えなくなりました。
キリスト教のおける動物
八百万の神の国、そして人間と動物の魂を区別しない仏教が浸透している日本においては「動物が家族の一員なのは当たり前」ですが、これは当時のキリスト教社会においては画期的なことです。
聖書にははっきりと、人間が動物よりも上の存在であること、人間が動物を自由に管理して良いことが書かれています(※)。ヴィクトリア朝より前の英国では犬を焼いて食おうが煮て食おうが、宗教的には問題はなかったのです。
科学の一大センセーション
ちょうどこの時期、科学の分野において革命的な出来事がありました。それは1859年にチャールズ・ダーウィンが著した『種の起源』です。『種の起源』は当時の英国では一大センセーションを巻き起こしました。「人間が猿から進化した」という説は、人間が生命のヒエラルキーの頂点に立つというキリスト教の教えと真っ向から対立したからです。
進化論が受け入れられた素地
ダーウィンはあまりに過激な内容の進化論を発表することをためらい、じっくりと20年もの年月をかけて研究を深めました。その成果もあってダーウィンの研究はトンデモで終わることなく広まったのですが、これには当時のペットブームも一躍買っています。
犬が人間の友として家族として愛され、動物愛護運動が盛んになった社会背景があったからこそ、進化論が広く受け入れられたのです。ヴィクトリア朝の生物学躍進の功労者は、本当は犬なのかもしれませんね。
我が国の女王様も犬がお好き?
ヴィクトリア女王と同時代の我が国の女王(?)といえば、NHKの大河ドラマ『篤姫』で知られる天璋院。彼女も愛犬家として有名です。結婚前にはたくさん狆(ちん)を飼っていたのですが、夫の家定公が犬嫌いだったので、大奥ではサト姫と言う猫を飼っていたそうですよ。残念。犬を飼ってみれば家定公も大の犬好きになっていたろうになあ。【蒸気夫人(マダムスチーム)】