19世紀末のロンドンで火花を散らす二人のマジシャン。世界一の奇術師の名声を得るのははたしてどちらか? 天才科学者ニコラ・テスラのあまりにも美しすぎるテスラコイルは必見です。
ヴィクトリア朝のくすんだ雰囲気
128分という長めの映画ながらあっという間に引き込まれ、最後まで飽きさせません。ヴィクトリア朝のくすんだ空気、陰鬱さが全体にただよっていて、奇術の持つ神秘性にぴったり合っています。衣装、大道具・小道具、街の風景などレトロ趣味のファンにも満足の出来です。
デビッド・カッパーフィールド監修の奇術
第79回アカデミー賞で撮影賞、美術賞を受賞しているのも納得。映画の奇術指導をマジック界のスーパースター・デイビッド・カッパーフィールドが担当していることからも、マジックとしても見応えがあります。今をときめくヒュー・ジャックマンも主演していますよ。
お待ちかねニコラ・テスラも登場
そして一番お薦めのポイント。あの超人・ニコラ・テスラが出てくることなんです! スチームパンクマニアのあなたならもちろんご存じですよね。
テスラコイル(的なある装置)をバックに電撃バリバリ轟かせて登場するシーンなぞ感涙モノです。演じているのはその妖艶さで一世を風靡したデヴィッド・ボウイです。
「決して映画の結末を話さないで」
この映画ではトリックが最大の魅力となっています。だからクリストファー・ノーラン監督は「決して映画の結末を話さないで」と言っています。監督との約束だからもちろん私も言いません。
ですがネットの映画評をあちこち読むと、さらっとトリックを書いてあるページが多々あります。Amazonや楽天のレビューなどうかつに読まないようにしてくださいね。
19世紀末のアメリカ人奇術師マックス・マーリニ
映画『プレステージ』でマーリニのエピソードを思い出しました。19世紀後半から20世紀初頭のアメリカで活躍したマジシャン、マックス・マーリニ(Max Malini:1873~1942)。彼は観客の予想外のモノを突如として出現させるマジックが得意でした。
帽子の中から山ほどの小石、レンガや氷の固まり、懐からジョッキになみなみと注がれたビール。いったいマーリニはどうやってそれらのモノを出現させたのでしょうか?
マーリニの奇術の秘密
マーリニの秘密は常識はずれの忍耐力にありました。
例えばビールの入ったジョッキ。彼は酒場に行くと隙を見つけて厨房でビールを頼みます。それからジョッキを脇の下に挟み、スーツで隠して何喰わぬ顔で席に着きます。そして待つのです。何時間でも。お客の誰かが「おやおやマーリニさんではないですか! 何かマジックを見せてくださいよ」と言い出すまで。
観客を驚かせるために
冷えたビールを長時間脇に挟んでおくのは寒い時期には辛かったでしょうね。そんなばかげたことをするなんて誰も思いも寄らないでしょう。だから皆「彼をずっと見ていたけどビールなんて手に入れる時間はなかった」と証言するのです。マーリニは観客に劇的な効果を与えられるなら、喜んで何時間でも耐えました。
マジシャンとしての生き方
この映画の魅力は観客をあっと言わせるトリックにありますが、たとえ途中でそのトリックが分かったとしても、面白さが全くなくなってしまうわけではありません。『プレステージ』は単にマジックのステージを映しただけの奇術映画ではないからです。
冷たいジョッキを脇に挟んでいたマーリニのトリックを知ったときと同じく、あなたはマジシャンという人々の生き方、業(ごう)の深さにきっと衝撃を受けることでしょう。
本当にやったのだと思いこませる
脱出奇術王・フーディーニ(1874~1926)の言葉にこんなものがあります
マーリニのように「ビールの冷たさなどなんてことないさ」と思えなければ偉大なマジシャンにはなれないかもしれません。しかし『プレステージ』のロバートとアルフレッドがフーディーニの言葉を心に留めていたら──と心がちりちりする映画でした。【蒸気夫人(マダムスチーム)】