1995年に発表された唐沢商會による『蒸気王』は、スチームパンクコミックの先駆け。世界征服を目論む電気王を、蒸気の力を身に着けた蒸気王がやっつけます。スチームパンカー必見!
天知る地知る 人が知る 蒸気の力を今ぞ知る この世に悪のある限り 湯気の中より立ち出でて 悪の巧(たく)らみを打ちくだく その名ぞ正義の 蒸気王!
唐沢商会とは?
唐沢商会は、サブカル・カルトに関する雑学王の兄・唐沢俊一氏と、『電脳なをさん』『カスミ伝シリーズ』などで知られる漫画家の弟・唐沢なをき氏から成る、天才兄弟ユニットです。現在は共著の名義は両氏の併記となっていますが、以前は「唐沢商会」として作品を発表していました。
2バージョンある『蒸気王』
『蒸気王』は唐沢商会が1995年4月から96年3月に竹書房の『コミックガンマ』に発表したマンガです。あとがきによると、実は『蒸気王』には2バージョンあって、竹書房板よりも先の1991年8月から92年1月に講談社『アフタヌーン別冊パーティー』誌で連載していたものもあるのですが、残念ながら最初の『蒸気王』は単行本収録されていません。
90年代にすでにスチームパンク作品を発表
スチームパンクは欧米で1980年代に、SFの一ジャンル・サイバーパンクのパロディ的な立ち位置から徐々に作品が発表され始めました。しかし『蒸気王』が発表された90年代には、スチームパンクというジャンルは日本ではほとんど知られていませんでした。現在でさえ一般の方にはスチームパンクは浸透していませんから、彼らの着目は相当早かったと言えます。
蒸気王あらすじ
時代は明治・大正・昭和初期がまざったような世界です。帝都を脅かす悪人を、蒸気の力を身に着けた蒸気王がバッタバッタとやっつけます。次々と現れる敵を操っていたのは電気をエネルギーに世界征服を企む・電気王。はたして帝都の運命はいかに!
ギャグ満載のドタバタコメディ
謎の世界的探検家・田宮神風児、蒸気王の謎を追う女性新聞記者・江戸川るにこ、飛行船ゲシュタルト崩壊号を操るグロッケン伯爵、大富豪のお嬢様・コンスタンス、女スリ・お銀──などユニークなキャラクタが織り成すスラップスティック。要はギャグ満載のドタバタコメディなのですが、昔の少年小説のようなノリの勧善懲悪の世界が描かれていて、まさに痛快冒険活劇といった内容です。
素晴らしい蒸気城の造形
唐沢なをき氏の絵柄はコロコロとして丸く可愛らしいのですが、実はすごく画力のある漫画家さんです。これは蒸気王こと田宮神風児が暮らす居城・蒸気城。シュパパパァと蒸気を吹き出すこの建物の造形、素晴らしいではありませんか。館内には蒸気式の昇降機(エレヴェエター)が備え付けられ、蒸気式電脳頭脳・気楽天が屋敷を管理しているんですよ。
細かいメカも蒸気式
また細かいコマの隅々まで書き込まれたアソビが楽しい。この世界ではありとあらゆる機械が蒸気式でできているのですが、この天眼鏡なんと蒸気式なんです。なにもこんなものまで蒸気式にしなくても……という小道具にも蒸気力が詰まってます。コマの背景にさり気なく描かれた蒸気メカを探す楽しみもあります。
啓蒙科学通信も必見
おまけページ「啓蒙科学通信」も見逃してはなりません。章と章の間に挟まれたこの科学通信には、昔の新聞や雑誌の記事のような口調で、当時の発明品や科学ニュースを紹介してあるのです。もちろん動力となっているのはほとんどが蒸気機関。
蒸気式鼻毛切り機とは?
蒸気式背のばし機械、蒸気式飛行機、蒸気式洗濯機、蒸気式こっくりさんに蒸気式鼻毛切り機まで! レトロなイラストレーションと添えられたコメントが秀逸です。蒸気式鼻毛切り機はこんな風に説明されています。
しかるにこの機械を用いる時には当人に於(お)いて一々(いちいち)鏡を見るのシャボンを溶かすのブラッシュを用いるのという手間は一切此(こ)れなくして、何ら痛痒(つうよう)を感じる間もなく、瞬時にして適当ナル長さに鼻毛を切り揃(そろ)え、切り屑は真空ポムプにて衛生的に処理おば為(な)し、後には香り高きオウ・デ・コロオニュを筆にて塗布致し、倫敦(ろんどん)巴里(ぱり)の社交界に出るも何等(なんら)引けを取らぬ流行紳士に仕立てあげる至妙(しみょう)也。
素敵なスチームパンクマンガ
正義の味方は「蒸気」、悪の枢軸は「電気」という敵対関係はいかにもスチームパンクですが、最後はなるほどと膝を打ちたくなる上手い落とし所になっています。単なるギャグマンガではなく、スチームパンクの幸せな未来を描いた素敵なSFコミックです。絵の情報量が多いので何度も繰り返して読んで楽しんでいる作品ですよ。頑張れ蒸気王、負けるな蒸気王!【蒸気夫人(マダムスチーム)】
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画像引用:『蒸気王』株式会社竹書房 1996年初版 唐沢商会
画像上から、表紙、15ページ、99ページ、48ページ、21ページ、22ページ、134ページ