古今東西、ありとあらゆる摩訶不思議な貴重品を集めた趣味の部屋──それが驚異の部屋(ヴンダーカンマー)です。私の驚異のコレクションとともに、驚異の部屋について解説します。
新しいコレクション・人魚のミイラ
今回のテーマはヴンダーカンマー・驚異の部屋。私は自分の書斎をブンダーカンマー風にしているんですよ。そしてこれは私の新しいコレクション人魚のミイラです! 珍しいでしょう? 静岡県は伊豆の海で見つけたものを標本にしました。これね、標本にするのがすっごく大変だったんですよ。
正確に言うとヴンダーカンマーはスチームパンク時代のものではありません。でもこの人魚のミイラも手に入れたし、実はスチームパンクとも大きな関わりがあるので、ブンダーカンマー・驚異の部屋の歴史をわかりやすくお話しましょう。
驚異の部屋はいつの時代のもの?
驚異の部屋の時代は15世紀から18世紀。15世紀のイタリアではじまって、16世紀のドイツ語圏に伝わりました。ヴンダーカンマーとはドイツ語でWunder(驚異の) Kammer(部屋)という意味です。ヴンダーカンマーがドイツ語なのは、16世紀ドイツあたりで流行したことが元になっています。
スチームパンクの時代は19世紀から20世紀初頭にかけてです。だから驚異の部屋の時代とスチームパンク時代とは最大で500年ぐらい──少なく見積もっても200年以上のズレがあります。
200年って結構ズレてますよね? 日本だったら現代と江戸時代後期がごっちゃになってる感覚です。だから本来の歴史的な意味の「驚異の部屋」をスチームパンク世界に持ち込むのは違和感があるんです。
ペストマスクはスチームパンクか問題
例えばペストマスク──スチームパンクのイベントでよく見かけます。ペストマスクも本来の歴史から考えると、スチームパンク時代とはかなりずれがあります。
ペストマスクはペストの感染を防ぐために医師がかぶっていたマスクのことです。長い鼻先に薬草とかを詰めて、その空気を吸っていればペストに感染しない──と信じられていたんです。
ペストは定期的にヨーロッパで流行しているんですが、ペストマスクが使用されたのは17世紀です。スチームパンク時代と200年以上の隔たりがあります。だから海外の厳格なスチームパンカーは「ペストマスクはスチームパンクではない!」と言い切っている人もいます。
ただあくまで個人の意見なんですが、ペストマスクはこれだけスチームパンク世界に定着してしまっていますし、例外的にOKじゃないかな──とは思ってます。でもこの件は時にはスチームパンク界隈で論争になったりするんですね。
数百年の隔たりはかなりなものです。15世紀から18世紀にかけての驚異の部屋と、19世紀末から20世紀初頭のスチームパンクとは「厳密に言うと時代がかなりずれている」ということをまずは頭に置いてください。
もともと驚異の部屋は誰のもの?
ただし15世紀から18世紀の驚異の部屋は、誰の間で流行したのかというと、ヨーロッパの貴族・王族なんです。というのもこの時代は何があったでしょう? 大航海時代ですね。
ヨーロッパの各国はアフリカ・アジア・アメリカ大陸など様々な世界に大規模な航海を行いました。そのパトロンはというと王侯貴族です。驚異の部屋は王族・貴族や土地の支配者が、世界各国から集めた珍奇なものをお客様に披露するための個人的なコレクションでした。
それがヨーロッパ全土に広まって、珍しい動植物や鉱物の標本、最先端の技術で作られたからくりなど──ありとあらゆるものが蒐集されて博物学が発展したのです。これが驚異の部屋のはじまりです。
産業革命後に英国で誕生したもの
さて時代が下って産業革命華やかな大英帝国の時代。驚異の部屋は現在の博物館・科学館・美術館の元になりました。
世界最大の博物館のひとつであり700万点の所蔵品を誇る大英博物館も、もとは蒐集家のハンス・スローン卿の個人なコレクションを公開したのが始まりです。スローン卿の蒐集物は8万点以上あったと言われており、1759年に博物館として一般に披露されました。
収蔵品の増加にともなって、1881年に自然史博物館が分館として建てられるまでは「巨大な驚異の部屋」といった様相だったのではないでしょうか。
中産階級の誕生と博物学ブーム
産業革命は科学や経済だけの大改革ではありません。社会の構造を根本から変えました。中産階級(ミドルクラス)という身分の人々出現したのです。
それ以前はごく少数の王侯貴族と商人・職人・大多数の農民がいただけでしたが、産業革命後には一般市民、中産階級が生まれました。
そして科学の発展とともに生物学・化学・物理学・医学など様々な分野の学問が一気に花開きました。かつて王侯貴族のものだけだった博物学が、ようやく一般の人々のもとに降りてきたんです。
イギリスを始めとするヨーロッパ各国では、一般人の間で科学がブームになりました。恐竜が発掘されたとなれば恐竜ブームが巻き起こり、珍しい植物や蝶の標本、貝殻の収集のために週末は人々が山や海にどっと繰り出しました。
標本を家に飾ったり、オークションが盛んになったり──特に都市部に住むホワイトカラーの人々の間で、珍しいものを集めるコレクションが流行ったんです。
『ホームズ』物語のマニアと博物学
例えば『シャーロック・ホームズ』シリーズ。19世紀末ヴィクトリア朝の探偵小説ですが、この中に『バスカヴィル家の犬』というお話があります(『バスカービルの魔犬』というタイトルで覚えている方もいらっしゃると思います)が、その登場人物の中のステイプルトンは昆虫マニアでいろんな珍しい蝶を集めてます。
『三人のガリテブ』のネイサン・ガリデブは博物学マニア。彼らは博物学の専門家ではなくて、あくまでアマチュア・素人です。
貴族からミドルクラスの驚異の部屋へ
もちろん昔の王侯貴族の驚異の部屋も消えてはいません。それは大規模な博物館、美術館、科学館になりました。先程のスローン卿のコレクションもそうですが、ロンドン動物園は1828年、水族館は1853年、自然史博物館は1881年に開館されました。
これはみんな驚異の部屋がもとになっています。そしてそのお客さんは一般市民です。博物館にでかけて興味を持った人たちは、自分のコレクションを部屋の一角に飾って、友人知人に自慢しました。
19世紀における中産階級の博物学の大流行、これはもう「第二次驚異の部屋ブーム」と呼んでもいいのではないかと個人的には思っています。驚異の部屋は「王侯貴族の趣味」から「一般市民の娯楽」へシフトしたのです。
スチームパンク時代の驚異の部屋
だから私はこの棚を作りました。ワンダーシェルフ(驚異の棚)と呼んでいます。私自身は貴族ではなく、一般市民のスチームパンカーでありたいと思っているからです。これからも色んな珍奇なコレクションをこの棚に飾っていきたいと思っています。
スチームパンクになぜ知識が必要か
スチームパンクが基本的に19世紀の時代を下敷きにしている以上、必ず当時の歴史や文化を知る必要があります。
極論かもしれませんが、私自身の本音を言いますと
「歴史の勉強とか面倒」
「かったるい」
「自由に好きなことやればいいじゃん」
とおっしゃる方々には「別にスチームパンクじゃなくてもいいんじゃないですか?」と言いたいです。
創作コスプレや独自のアートなど、別のことをやればいいのでは? 自由勝手にやるのならばスチームパンクである必要はないのでは?──と思うんです。
スチームパンクは「歴史改変SF」です。元になる「歴史」を知らなくてどう「改変」するんだ!?──と。
知識がなければ二番煎じ、三番煎じ。所詮は劣化コピーのスチームパンクにしかなりません。私はそんな凡百の──平凡なスチームパンクは見たくありません。
アイディアは既存の要素の新しい組み合わせ
以前『アイデアのつくりかた』という本をYouTubeでご紹介しました。アイデアはどのようにして生み出されるのかというお話でしたね。
「アイディアは既存の要素の新しい組み合わせ」です。アイデアの素となる「知識」がなければその「組み合わせ」もたいした数になりません。
私は知識を元に組み合わせたあなたの新しいアイデア──あなただけの発想から生み出されたものが見たいんです。
スチームパンクを極めたい、独創的なクリエイターとしてのスチームパンカーになりたいのならば、どこかの時点で真剣に学ぶ必要があると、あくまで私個人の意見ですが、そう思います。
間違いばかりの私のスチームパンク
私もスチームパンクを始めた17年前は本当に無知でした。日本では他にスチームパンクをやっている人がいなかったので、わけも分からず全部手探りの状態だったんです。一人でやっていたから勘違いしてたことや間違ったことばかりしていました。
技術もなくてヘッタクソなもの作ってました。今も戒めとして10年以上前の工作とをブログに残してあるのですが、もう本当にこっ恥ずかしいことをたくさんやりました。

でもコツコツ本を読んだりして、17年前よりはちょっとはマシになったと思います。これからも私は学び続けます! そしてYouTubeやブログで分かりやすく学んだことについて解説したいと思っていますので、ぜひチェックしてみてくださいね。
【蒸気夫人(マダムスチーム)】