空想科学小説──なんて甘く胸ときめく言葉でしょう。古典SFの2大巨匠・ジュール・ヴェルヌとH・G・ウェルズの作品を比較してみました。二人の作風の違いと現代科学について。
スチームパンカーの基礎教養・空想科学小説
空想科学小説とはSF(サイエンスフィクション)のことです。現代ではほとんど使われなくなりましたね。しかしスチームパンクの世界で生きようとするなら、基礎教養として19世紀中頃~20世紀初頭の空想科学小説を知っておいて損はありません。
ジュール・ヴェルヌのプロフィール
ジュール・ヴェルヌ(Jules Gabriel Verne 1828~1905)はフランス人小説家。法律家の父に従い、法律学校で学ぶうちに文学に目覚めます。芝居の脚本が話題となったことをきっかけに、1863年の冒険小説『気球に乗って五週間』が大評判に。『地底探検』『月世界旅行』『海底二万里』など大ヒット作を次々に発表しました。
以前ご紹介した『80デイズ』の原作『八十日間世界一周』もヴェルヌの作品でしたね。
H・G・ウェルズのプロフィール
H・G・ウェルズ(Herbert George Wells 1866~1946)はイギリス人小説家。ヴェルヌよりも38歳若いです。貧しい家に生まれて苦学しながら生物学を学びます。教職、ジャーナリストの経歴を経て1896年に『タイム・マシン』を発表。
『モロー博士の島』『透明人間』『宇宙戦争』『月世界旅行』などの名作で知られています。また空想科学小説だけでなく『生命の科学』『人間の権利』など文明批判・思想書の著作も多数あります。
月世界旅行で二人を比較
作品の羅列を見ただけで、二人がSFの父と呼ばれるワケがお分かりになるでしょう。
もちろん彼ら以前にもSF的な文学作品はたくさん存在しています。日本の『竹取物語』や『浦島太郎』だってSFと言えばSF。しかし一般的な意味でのSFの創始者と言えば、やはりヴェルヌとウェルズがその祖であると言えるでしょう。
ヴェルヌとウェルズの違いは何か。彼ら二人が月への旅行という同じテーマで書いたSFを例に挙げて両者の違いを見てみましょう。
ヴェルヌの『地球から月へ』と『月を周って』
ヴェルヌの月世界旅行は1865年の『地球から月へ(De la Terre à la Lune)』と1870年の『月を周って(Autour de la Lune)』の2作品です。
南北戦争後、大砲マニア(今で言うミリオタみたいなもん)が集結して「大砲クラブ」を結成。巨大な大砲で人間の入った弾を月に撃ち込もうと計画します。月に向かって大砲を発射するまでの前編と、月への着陸が失敗して月を周り、大西洋に落ちるまでの後編に分かれています。
ヴェルヌの大砲とは?
ここで登場する大砲がスゴイ。長さ270メートルの砲身という馬鹿でかい大砲です。この砲身を支えるために井戸を掘って砲身と火薬を入れ、人間入りの弾を打ち上げるという壮大──というか、かなり力業な計画。しかしヴェルヌはこの作品を書くために、かなり綿密に科学的研究・検証を重ねたんですよ。
科学的研究に基づいた設定
というのも大気圏の壁を突破するために、小説中の発射地にアメリカのフロリダ半島を選んでいるからです。フロリダはアポロ計画の発射地。赤道に近い方がロケット発射の成功率が高まるんですね。
そして結局月に着陸しなかったのも科学的な理由があります。大砲では地球から月への発射は良いとしても、月からどうやって戻ってくるかという問題が。だから砲弾宇宙船はぐるりと月を回って、地球に返ってくるというお話になったんです。
メリエスの世界初SF映画
ヴェルヌの『月世界旅行』は1902年にフランス人映画監督・メリエスによって映画化されています。世界最初のSF映画としても有名なんですよ。「ポンキッキーズ」の『さあ冒険だ』で合成映像が使われたことがあるから知ってる人多いかも。
ウェルズの『月世界旅行』
次にウェルズの『月世界旅行(The First Men in the Moon)』を見てみましょう。ヴェルヌの『月世界旅行』から35年、緻密に計算を重ねたヴェルヌが成し得なかった月への着陸をどうやって(小説の上で)実現したのでしょうか?
謎の反重力物質・ケイバーライト
答え。反重力物質・ケイバーライトを使って。マッドサイエンティスト・ケイバーによって開発された謎の物質・ケイバーライト。これを使えば、重力をコントロールして、火薬なんぞ使わなくても簡単に月世界へひとっ飛び!
空想上の物質を作るのはありか、なしか?
は? ケイバーライト? 反重力物質? そう思ったのはあなただけではありません。当時は(そして今も)読者の間では大論争になってます。
空想の便利な物質を作っちゃったら、そりゃもうSFじゃないんじゃないの!? いやいや、空想や想像力が発揮されるからこそのSF、だから面白いんじゃないか。はてさて、あなたのご意見は?
ウェルズの月世界旅行はSFか否か?
当時すでにSF界の大御所だったヴェルヌは、新進気鋭のニューフェイス・ウェルズの反則技には渋い顔だったそうですよ。現在のSF界においてウェルズ的なんでもありのSFは、コアなSFマニアにはとても受け入れられないでしょう。
でも個人的な意見としては、ドラえもんの秘密道具のタイムマシンや、ハリウッド映画で何度もリメイクされている透明人間、宇宙戦争などを生みだしたウェルズの方が、一般の人気が高いような気がしますよ。
実現したヴェルヌのSF
科学的な考証に基づくヴェルヌの作品には、現実化したものが数多くあります。『海底二万里』のノーチラス号は原子力潜水艦、『月世界旅行』はアポロ計画、『八十日間世界一周』は戦闘機を使えば24時間以内に一周可能──もはやヴェルヌの空想科学小説は空想ではなくなりつつあります。
実現しなかったウェルズのSF
一方ウェルズは『タイム・マシン』も『透明人間』も『宇宙戦争』も実現していません。いや、火星人が攻めてくる宇宙戦争は実現しなくていいですが。
ウェルズの短編『未来新聞(1931)』は40年後の1971年の事が書かれた新聞が届くというSFなのですが、これまたことごとくハズれています。
1971年までに、世界政府も樹立されていないし、人々は上半身ハダカじゃないし、今でも国際紛争や戦争はあるし、連邦警察なんかないし、1年は13カ月じゃないし、地熱エネルギーが化石燃料より使われることにもなってない。それにウェルズはテレビも宇宙飛行も飛行機も潜水艦の予測もハズしてます。プロのSF作家なのにこりゃひどい……。
それでもすごい! ウェルズの大予言
いやいや、しかしウェルズ先生、実に素晴らしい予測を見事的中させているんです。これだけで全てのハズれは帳消しにしたっていい。それはインターネットを予言したこと。
著書『世界の頭脳』では「永久世界百科事典(Permanent World Engclopedia)」が登場します。世界中の全ての知識を一つに集めた世界百科事典──世界の全ての人々が、家にいながらプロジェクタに向かって、どんな情報でも検索し、読むことができます。その百科事典は常に最新情報を取りいれ、修正作業が行われ、記録・更新される、最先端の「世界の頭脳」なのです。
ウィキペディアの出現を言い当てたウェルズ
ピンときたでしょう? インターネット、そしてウィキペディアにそっくりじゃありませんか? ウェルズの予測がハズレばかりなのは、まだその時期が来ていないだけとも言えます。もっと遠い未来には、ウェルズの未来予測はどれも大当たりになるかもしれませんね。
あなたはヴェルヌとウェルズ、どちらがお好き?【蒸気夫人(マダムスチーム)】
参考文献
※『未来新聞』は安野玲訳で本書の中に入っています。